~あいにいく~第9回【 3 / 3 】

島根県  臨時職員 石原知美【3】

    島根県 臨時職員
    石原知美【3】





 車は、何らかのワークショップ会場に向けて走り出していた。もちろん車中でもレコーダーを回す。ちみちゃんは、劇団を辞めたことで、「ゼロ」には決して帰していない。むしろ、彼女を取り巻く色合いが増えている。これって何だろう?


「私の中では、全部つながっているんですよ。興味のあることがたくさんあるし、究極、それが演劇であろうとなかろうと、何かをフリーランスでやりたいんだけどどうしたらいいのかわからない人たちの支えになりたい。一緒に一歩を踏み出したいって思うんです。今日これから合流する友だちも、いろんな変遷を経てアロマテラピーに行き着いて、SNSとかあんまり得意じゃないって言うから、『私にならそれができる! あなたをプロデュースしたい!』って言ったんです」


 野津さん、と呼ばれるそのお友だちとは、高校時代からのつながりだけれど、急速に近づいたのはわりと最近のことであるらしい。席順でも出席番号順でもなく「やりたいこと」がある、という一点において、強く結ばれた女子たち。


「だから、いろんなところに顔を出して、いろんな人たちと何か作り上げていきたくて。いろんなジャンルの人たちと知り合ったら、新しいお客さんが増えるじゃないですか。演劇に興味のない人相手でも、『この人にはこの演劇が受け入れてもらえるはずだ!』みたいなご紹介ができる。それ、すげー理想だな!って思って」


 とにかく、目指したいのは「循環」なのだと言う。


「いいものを、どんどん回らせたいんです。そのための一番の近道は、やっぱり人と会うことだから」


 途中、道の駅で野津さんと合流し、目指したのはリノベーションについてのワークショップだった。古い空き家を改造して、新たな使命を宿らせる。実際にそれを行っている大人たちが壇上で語る。「空き家がある」ことを前提として語る。自由に改造していい空き家が身近にいくつもある、ということのリアリティに戸惑う。何でもあなたの自由にしていいんだよ、と街中が言っている気がする。


「いつかは、拠点を持ちたいなと思うんですよ。いろんなフリーランスの人とつながった時に、集まれる場所として。まだ真剣に考えられる段階ではないけど、でも、知識として知っておくのはいいかなと思って。あと、オガワさんを、演劇以外の島根の人と会わせたくて(笑)」


 そう、私が島根に行くときは、演劇に密着してしまうので、それ以外の場所も人たちも、実はよく知らないのだ。


 ワークショップの第二部は、グループに分かれて、実在する空き家の間取り図を見ながら使い道を考えるワークが行われた。ちみちゃんが自分のアイデアをしゃべる。演劇をする場所としてのリノベーション案を、ちみちゃんがはきはきとしゃべる。相談の成果を全体に向けて発表するときも、みんな自然に、ちみちゃんにマイクを回した。

 帰りの車中は、すっかり夕暮れ時だった。野津さんと別れ、手を振りながらちみちゃんが言う。


「なんか、野津さんと一緒にいると、素でいられるんですよね」


 へえ。素じゃない時って、どんな時?


「いい子ちゃんしてる時(笑)。ほんとはすごい批評家だし、黒いですね。うん、黒い」


 黒ちみちゃんが、車を出す。もちろんレコーダーは回っている。


「普段は別に、ないですよ。人のことを嫌だと思ったり、否定したりとかは……いや、嘘だな! 思ってる。黒いこと、ちょっと思ってますね。何もなく、のうのうと生きてる人間に対して!」


 あはははは、と2人で笑う。


「この人、誰かにけちょんけちょんに言われたこともないんだろうな!って思うと、『どっかで揉まれてこい!』って思っちゃいますね(笑)」


 ちみちゃんは大学時代、映画サークルで揉まれたのだという。みんなで映画の話をしていると、「お前、意味わかんないまま笑ってるだろ」って突然矢が飛んでくるのだそうだ。


「ある時、感じたんですよ。この人たちは本当にたくさん映画を観ているし、努力しているんだということを。生まれ持っての才能とかセンスとかだけじゃなく、勉強して、スキルアップして、作品を作ろうとしてるんですよね。誰かが映画を撮る時も、脚本会議みたいな場を持って、みんなでその本の弱みを指摘するんですよ。しかも、それで仲が悪くなるとかじゃない。それが私には結構衝撃的で。もちろん怖いし、気分も悪いけど、『なんかイイ!』って思ったんですよね。一人ひとりが映画のことを考えて、哲学とポリシーを持って、向かい合ってる」


 そういう場所を、いずれ、ちみちゃんは作りたいという。


「チェリヴァホールでお芝居を観て、『よかったねー』『頑張ったねー』だけじゃなくて、『あそこのここがもっと!』みたいな話がしたい」


 ちみちゃんの話はいつも、突然ハタチ族に立ち戻る。そして蹴伸びをひとつして、また違う話題へと泳ぎだす。


「このへん、私の地元ですよ」


 何だか趣のある町並みを指して、ちみちゃんが言う。


「ここが、農協。ここ、小学校。向こうが役場で、あれが中学。屋根が全部、瓦なんですよ。あの奥が青春時代を過ごした音楽室。中学では吹奏楽部だったんで。ここが郵便局で、ああ、このへん、そろばん通ったなー。あっちが、幼なじみの家で」


 ちみちゃんは、どんなちびっ子だったの?


「一人っ子なんですよ。だから『わがままだねー』って言われることに、すごくコンプレックスがあって。小学校の時、ある女の子とゆっくり話がしたくて、お祭りの時か何かに『お話しようよ』みたいな感じで2人で抜け出したら、それがわがままだって他の友達に言われていたらしいと聞いて、ショックで熱を出したんですよね」


 自分のしたいことをすると、「わがまま」って言われるんだ。自由だって思われちゃ、いけないんだ。そんな小さな呪縛が、彼女の心に宿る。じゃあ、今はどうなの?


「気にしない! だって、したいことしたいし。私の人生だし! 好きにさせてよ!って思いますね」


 何が、ちみちゃんの心を、そっち向きに反転させてくれたんだろう。


「ああ……ええと……亀尾先生(笑)。さっきの話とつながるんですけど、演劇部で『ここタルいな』って思っちゃう自分のことを、1年生の時に相談に行ったんですよ。そしたら『石原にはそれがわかるんでしょ、だったらそう言えばいいよ』って。みんなに対しても、私がものを言いやすいようにしてくれていて。あ、自分の思うようにしてもいいんだ、って思った。自分の意見をみんな聞こうとしてくれて、それをよしとしてくれる大人がいて」


 だからちみちゃんは、自分の居場所について、今はこんなふうに考えているそうだ。


「たまたま地元がここで、お父さんとお母さんがいて、友だちもここにいて、高校で亀尾先生に出会って。その人が今も、社会人と一緒に演劇を続けていて。そういう全部が、私のことを受け入れてくれているように思うんです。私を受け入れてくれる場所は、ここ。だったらここで面白く生きていきたいし、面白そうにしている人が増えれば『なんか面白そうなことをしてる街だな』『ちょっと行ってみようかな』『住んでみたいな』っていう人が増えるはずなんですよ。『この街を良くするためにこうする』じゃなくて、『こうしていった結果、街が良くなる』っていう、逆の考え方っていうか」

 あのう……これは、推論なんですが。



「はい」



 ハタチ族に全力投球するうちに、自分が本当に好きなものとか、やりたいことが具体的に見えてきて、「ハタチ族のためだけに自分を注ぐのは違うな」という自己発見が、ちみちゃんの中に生まれたんじゃないでしょうか。



「そうです、そうそう! まとめていただいちゃった(笑)。アダーンも好きだし、大東駅も好きだし、野津さんも好きだし。でもそれを全部やろうとすると、ハタチ族に全力を注げなくなるし」



 つまり、ちみちゃんは、ハタチ族については「ゼロか100かのどっちか!」って思ってるのかな。100できないなら、全部切り捨てなきゃ!と。


「というか、私には100しか目に入らないというか。グラデーションが苦手といいますか、白か黒といいますか。100でいることが絶対なわけではなくて、楽しいことを楽しんでいると、100になっちゃうというか……」


 ふむ。と言葉を止めてみる。「ゼロ100体質」は私にもあって、それが最近苦しくなってきたので、どんなふうに体質改善したらいいものか、思いあぐねているところなのだ。ふうむ、と思考にハマりかけた私を、ちみちゃんの言葉が引き戻す。


「でも今は、自分に100注いでますね。自分の気持ち。自分の人生。自分自身に、100注いでます」


 ……自分に、100! 新概念である。


「ハタチ族に100注いでた頃は、サバイバル感というか、どきどきひやひや、戦い抜いての『100』だったんですけど、今は全然しんどくない。むしろ、しんどいと思ったら休む、っていうのが『自分に100』ですからね」


 そう、それは、最近すごく思うことだ。幸せとは、我慢の末に降ってくるものでは決してない。人は誰も、何も獲得しなくても、今すぐにでも幸せになっていい。自分に苦行を課すのではなく、幸せを許すこと。それが幸せになるための、唯一の方法ではないかと思うのだ。


「野津さんがね、私がハタチ族を辞めた時に、言ってくれたんです。本当は、ハタチ族にちみさんを取られたみたいで寂しかったって。『これでいっぱい遊べるね!』『ちみさんが帰ってきたあ!』って」


 それはもうあれだ、愛の告白じゃないか。


「野津さんとかといると、私にもできることがある、誰かの役に立てるって思えるんですよね。そう思えるための自信を、ハタチ族や、その周りの方たちがつけてくれた。一部の人からは『踏み台にしてる』っていうふうにしか見えないだろうなと思うけど……」


 果たしてそうだろうか、などと容易い疑問を呈することができるほど、私は彼らのそばにはいなかった。


「でもやっぱり今の私は、いろんな人とつながりたいんです。この街に住んでる人たちが大好きだから。大好きな人たちとこのまま楽しく、より豊かに生きていきたいなって思う。そのためには、私を一番に考える。もっと大事にしてあげる。自分にとって楽しいことを求めていくっていう、本当にシンプルなことに気がついたんですよね」


 ちみちゃんのこの実感は、ちみちゃんが1人で作り上げたものではない。彼女の周りにいる人たちの思いが、彼女の中に、雪のように降り積もり、解けてきれいな水となって、泉から滾々と湧き出している。その水を、たぶん今度は、ちみちゃんが配る番だ。自分の泉が涸れてしまって、水で満たす方法がわからずにいる誰かに、こうやるといいよって教えてあげる番だ。静かな心で、湧き水の音を聞きながら、誰かの波動を受け取る番だ。その行く手に幸あれなんて言わない。だってちみちゃんの幸せは、とっくに始まっているのだから。(2017/05/28)

Ai-ni-iku