~あいにいく~第9回【 1 / 3 】

島根県  臨時職員 石原知美【1】

    島根県 臨時職員
    石原知美【1】




 彼女の涙を、幾度か、見ている。

 「ちみちゃん」の胸の中ではいつだって、愛とか無念とか喜びとか寂しさとかが轟音を立てている。そして、その轟音に対して、彼女はとても正直な人である。胸の中の音が音色を変えれば、彼女の進む方向も変わる。周りの人間は、びっくりする。びっくりするけど、でも何だろう、「ちみちゃんお願いだから考え直して」みたいな気持ちにあんまりならない。はたから見たら突拍子もない行動でも、彼女の中では、何らかの芯が通っているのがわかるから。両肩をつかんでぐわんぐわん揺すぶったところで、たぶんこの人はびくともしないのだろうなと思うから。
 彼女を突き動かすのは、他の誰でもなく、彼女自身なのだ。


 出会いは6年前である。本連載の記念すべき初回の主人公、島根の高校教師・亀尾佳宏の、元教え子として彼女に話を聞いた。名前は「石原知美」さんというらしい。下の名前は「ちみ」って読むらしい。高校では演劇部にのめり込んでいたけれど、2年生の時に辞めたらしい。それから京都の大学へ進んだけれど、体調を崩して休学し、彼女は当時、故郷で行われる市民劇の音響卓に座っていた。つやつやのマッシュルームカット。素朴な丸メガネ。とてもとても正直な言葉。亀尾先生について語ってくれた人たちの中で、何かひと色、違った印象を残した女の子。それが「ちみちゃん」だった。


 そこから先、私は幾度も木次の地を訪ねることになる。あの時亀尾先生のもとに集結していた、若い舞台人たちが劇団を旗揚げして、そこに亀尾先生が客演しちゃったり、何だか面白げな動きの気配が絶え間なく聞こえてきていたから。そしていつの間にか、ちみちゃんは、その劇団「ハタチ族」の制作スタッフになっていた。2015年、劇団が「365日公演」(文字通り1年間毎日何らかの公演を打つという豪快企画)を敢行する頃、彼女は立派な仕掛け人として、主宰である西藤将人の隣にいた。


 思い出されるのは2014年末。元旦に幕を開ける「365日公演」についての意気込みをフリーペーパーに載せるべく、みんなで西藤家に集まった夜のことだ。何が起きるかわからない。でも僕たちは、何かを起こそうとしている。その予感に満ちた夜、当時の私の記録によると、西藤はみんなにこう言った。


「僕となるべく長い時間、一緒にいてくれれば、いろんな奇跡に出会えると思います。奇跡と言っても、うれしいことだけじゃなくて、しんどいこともあるだろうけど。というか、きっとしんどいことの方が多いけど(笑)。でも、そこについては自信があるんだ。頑張らなくてもいいから、とにかく僕と一緒にいてください。そうすればきっと楽しいと思う。それは保証できる。信じて、一緒に、楽しめたらなあと思っています」


 若者たちはそれをきらっきらした目で聞いていた。そしてちみちゃんは、その時点ですでに、プロデューサーだった。


「私は、こういうところで言うべきことかわからないんですけど、すごいビジネスチャンスがここに転がっていると思っています。そうなるようにしたい、しなくちゃ、と思っていて。とにかく、この1年ですごく成長したいです。します。してやるって思ってます」

 そこから3年の時が流れた。「365日公演」は盛況のうちに終わり、ちみちゃんは劇団から離れて、今は演劇以外のイベントやワークショップに顔を出しては、たくさんの出会いとつながりを重ねて動き回っている。


「出雲大東駅っていう駅舎の中に、カフェがあるんですよ。まずは、そこで話しましょう」


 今年もちみちゃんは、市民劇に制作として参加している。本番終了後、終日デートを申し込んだら、今のちみちゃんを形作るものたちをめぐるドライブを計画してくれた。まず連れて行かれたのは、小さい駅舎の、つきあたりにある明るい空間。「憩雲」と呼ばれるそのカフェは、とても素朴な場所だった。棚に、何だかたくさんの本。突きあたりに、カウンターと厨房。訪れたのは午前中だったけれど、奥からとても美味しそうな匂いがして、本日のランチメニューを見たら「タコライス」とあり、ああこの匂いはタコライスの「タコ」部分だと納得し、迷わずそれを注文する。そして、そこから私の、新調したばかりのボイスレコーダーが回り出す。


「初めて小川さんとお会いした頃に休学していた京都の大学は、『表現者を育てる』っていうキャッチコピーを掲げていたんですね。エッセイとかコラムとか、ひたすら文章を書く授業が1年生の時に必修で。それがとにかく楽しかったし、その体験が今に生かされてるなと思うんですけど」


 今回、ちみちゃんは私に「オガワさんのインタビューを受けたい」って言ってくれた。「私が今、何を感じながら生きているかを残しておきたい」のだと。だから私はすべてをちみちゃんにゆだねると決めている。ちみちゃんが話したいことを、全部聞こうと。


「大学には、自分たちでどんどんイベントを立ち上げたり、何かをしようとしている人たちが多くて。私は高校生まで、島根でそれなりの自信を持ってやってきたけど、外に出てみたら周りはもっとすごい人ばかり。他大の映画サークルに入ったものの、『お前らなんかにカメラ触らすかー!』みたいな先輩に怖気づいちゃって(笑)、だんだん行きづらくなってしまって」


 あの時。亀尾先生の市民劇の音響卓にいた時、郷里に帰ってきた理由を尋ねるとちみちゃんは「この街のためにできることを探したい」って言っていた。


「あれはほんと、かっこつけてただけです。アトピーが出て、体調も悪くて、大学に通いたいけど通えなくなっちゃって。島根に帰ってきて、そのことがすごくうしろめたくて、何か理由をつけたくて、あんなことを言っただけなんです」


 そんなちみちゃんに、亀尾先生率いる創作市民演劇の現場は、当たり前みたいに音響の仕事を与え、そこにいることを許していた——というか、許すも許さないもない、という感じだった。あの日聞かされた話によれば高2の頃、演劇部を辞めたい、いる意味がわからないと思いつめるちみちゃんに、亀尾先生は言ったそうだ。「いる意味なんて、自分で作るものだよ」「面白くないなら、自分で面白くしなさい」と。その後結局辞めちゃうわけだが、それでもその言葉は今もずっと胸に残り続けているという。


「演劇部は、稽古中、みんながだんだん面白くなっていく過程を観るのが好きで。そこに合わせて音楽を入れるのも好きでしたね。体を動かすことはあまり得意じゃないから、こっちの表現ならできる、みたいな思いがありました。そう、『表現』がしたかったんだと思います。稽古を観てると、わかっちゃうんですよ。『あ、今、ちょっとタルいな』とか。そうすると『ここ、もっとこうしたほうがいいんじゃない?』みたいなことを言い始めちゃうんです、1年生のくせに(笑)」


 でも、その演劇部も、辞めちゃうのでしょう……?


「表向きの理由としては『進学のために勉強に集中したい』みたいなことでした。でも今思うと、部活も勉強も両方は無理だ!って最初から決めつけてたから。勉強に集中できない理由を『部活やってるからだ!』って、とってつけちゃって。でもそれは私の性格上の問題なんですよ。好きなこと、今したいことにしか集中できないっていう(笑)」

 ここ、ちょっと考えどころな気がする。「憩雲」さんでタコライスを待ちながら、私はそう思った。とんでもなくのめり込むけれど、ある地点で突然、パッと身を引いてしまう「ちみちゃんの法則」。あとで触れる劇団「ハタチ族」からも、彼女はそんな離れ方をしている——ように、まわりの人間には見えてしまっている。


「そうですね、それもぼちぼち、コンプレックスではあるんですけど……たぶん本当は、自分で、何かしたいんです。私は、本当は、自分が中心でいたい人間で」


 自分が中心でいたい。裏方を標榜していた人間が口にするには、少し、勇気が要る言葉だ。


「最初、新しいことに飛び込む時はただ、『面白そう!』っていう一点のみなんです。興味関心。それ以外は何もない。でも、関わるうちにだんだん、すごいイメージが固まってくるから『私のイメージでやらせてくれ……!』って思っちゃう。わがままなんです。究極のわがまま」


 自虐ともつかない静かなトーンで彼女は言う。


「何かを生み出すとか、何かを作り上げるとか、何もないところから何かができていく過程に惹かれるんです。演劇も、そのひとつ。雲南市っていう、演劇にあまり関係のない、演劇なんて成立するはずがないと思われていた環境で、演劇に燃えてる人がいて、そこに集まってくる人たちがいる。そのことに、まず燃えるんですよ。この人たちのことを、広くお知らせしたいっていう気持ちが高まるんです……あ」


 しゃべりながら何か思い出したらしい。


「小学校の頃、面白いマンガがあれば友だちに『読んでみて!』って押し付ける癖がありましたね(笑)。ランドセルいっぱいに『ONE PIECE』を詰め込んで——本当はダメなんですけど——『これ面白いから読んで!』って。やがてクラス全体に広まっていくのを眺めながら『おー、流行ってる、流行ってる』ってほくそ笑むんです」


 そうか。つまり、ちみちゃんは、渦の真ん中で、自分で流行を起こしたいのかな。


「起こしたい(笑)! そうかもしれない。以前、個人営業のセレクトショップで働いたことがあるんですよ。洋服が好きだから。でも、そこで知ったんです。私の「服好き」なんて、大したもんじゃないと。私が好きだったのは「服」ではなくて、自分が好きだと思う服を、自分なり友だちなりに着せて、自己表現することそのものだったんだと」


 本当は、自分は表現者でありたいのではないか。そう思いながら劇団の制作をすることの、強いねじれを私は感じる。だって制作さんって、他人の表現をサポートすることだから。その人が存分に「表現」できる環境を、陰ながら整えるのが制作さんのお役目だから。


「たまに、『いいな』って思うんです。直接、作品作りに関わりたいなあって。脚本とか書いてみたいし、市民劇の季節が来ると『今回どうするかなあ……キャストで参加しちゃう?』って、いつも一瞬思いますしね(笑)。でも、自分で自分を表現するみたいなことは、たぶんあんまり得意じゃないんですよ。自分が『これ、いい!』って思ったものを、人にも『いいね!』って言われた時が一番うれしい。だから私がやりたいのは、『いいものを誰かに紹介する』っていう表現なのかもしれないですね」

Ai-ni-iku